学校というところ

平凡に生きようと思った。

小学生のころ流行ったプロフィール帳には、大学を卒業したら幼稚園の先生になって、23歳で結婚して25歳では子供が2人いて…なんて。

今見返すと、笑っちゃうくらいに順風満帆な人生だなぁと(笑)

あのころは大人になるって、どんな風に考えていたかしら?

いっちょ前に正義感だけが強かったわたしは、誰かのために怒って泣いて、たくさん考えて優しくできる人になりたいなんて思っていた。

学校というところ

まず私は、中学生1年生の時点で人生につまづいてしまった

友達との軽いいざこざがきっかけで、学校へ行くのが嫌になってしまったのだ。

親や先生・同級生達は、手を変え品を変えわたしを教室に連れてこようとした。

それでも行きたくないものは行きたくない、足が進まない。

保健室登校や不登校を繰り返しながら、わたしは中学を卒業した。

高校へは絶対に行かないと決めていたのに、どうしても田舎では見聞が悪いとのことで地元から少し離れた学校に進学した。


思い返せば、小さなころから学校に馴染めなかったような気もする。

幼稚園では、毎日無遠慮なこどもの集団に入れられるのが嫌で嫌でたまらなくて

ある雪の降る日、泣きじゃくるわたしは親に連行されるようにして職員室に連れていかれたことを覚えている。

小学校になっても、毎週月曜日は学校に行くのが憂鬱でたまらなかった。

仲の良い友達も何人かいたし、勉強もそれなりに頑張ってはいたが、やっぱり学校というものに馴染めなかったように思う。

この頃はまだ、お得意の正義感から不登校になった同級生に手紙を送ったり率先して話しかけたりしてみたものだ。

いざ自分が与えられる側になると、不愉快極まりない行為だったとも思う。


さて、高校に入学したはいいものの

「新規一転」の気持ちと「なんとなく面倒くさい」気持ちの間で中途半端な学校生活を送り始めた。

3ヵ月もすると、初めのころに仲良くしていた友達と共通の話題を探すのにも疲れて

学校へ行くフリをして制服を着て家から出たら、駅から少し歩いたカフェで時間を潰すようになった。

毎日ここで桃のアイスティーを一杯頼む。持ってきた本を読んで、下校の時間に合わせて家に帰る。

結局、1年間学校に籍はおいていたけれども、高校はそのまま中途退学した。

入学金や学費を納めてくれた親としては、存分にいい迷惑だったと思う。

この先わたしが選ぶ道は…

今日のお話はここまで。

高校を中退したわたしは、これからどんな道を歩んでいくのか。

今なら分かる、学校だけが居場所じゃないこと。

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